前のエントリの続きです。
念を押しておきますが、このブログの「内容は個人の考えであって、所属組織とは方針が異なる」と考えてください。
さて、MySQL 8.0.xの単スレッド性能がどんどん遅くなってきた要因は幾つかありそうなので切り分けていきたいと思います。
まずは、数年前のエントリ「やはりC++はCよりも遅い?」の影響をできるだけ正確に見積もりたいところです。実行バイナリの最適化レベルを合わせて比較して初めて、ロジックの劣化が判るわけです。コンパイラのオプションの範疇でできるだけ最大の最適化を行って計測したいところです。いくつか試した結果、clangのPGO+LTO が手軽な中では最も効果があったのでそれで同じ計測をしてみましょう。(GCCのPGO+LTO と clangのPGOのみ はこれよりも少し劣ったのでとりあえず。)
(補足)
PGO は、一旦ターゲットとなる処理をプロファイリング用のビルドで実行してから、その結果を基に本ビルドする方法です。ソースコードが構造化すればするほど、どのようにCPUネイティブのバイナリにするかの意図が伝えづらく、プログラムの流れ(メインパスのアセンブラコードはアドレス順に真っ直ぐでコンパクトな方がいい)が曖昧で、本筋はプロファイリングして与えなくては最適解とならなくなっていきます。
只PGOを用いただけでは、オブジェクトファイル(*.o)単位でしか最適化されません。ホットなコード・領域はできるだけコンパクトに順番にしたほうがいい(CPUキャッシュの効率化等のため)のですが、オブジェクトファイル単位でバラけては効果半減です。オブジェクトファイルを纏めて実行ファイルにリンクするときにも配置の最適化を行うのがLTOだと思っておいてください。
8.0.18くらいからでしょうか、cmake/fprofile.cmake というファイルが存在して、コメントにやりかたが記述されています。なので、以下の手順がわからなくても最新の 8.0.x ではcmakeのオプションだけでPGO+LTOビルドができます。どの程度動作サポートされているかはまだ不明なので今の所、自己責任(ちゃんと自分で十分テストして)でお願いします。
今回も 5.6 からやります。
以前のバージョンにはPGOビルドのcmakeオプションは無いので、自力でやります。
clang で PGO+LTOをするには、コンパイラのオプション
-fprofile-generate=[output dir]
を付けたビルドでターゲットの処理を実行して、
> llvm-profdata merge -output=default.profdata *.profraw
みたいにして、profdata 形式に纏めてから
-flto -fprofile-use=[output dir]
を付けてビルドします。
clangでPGOは動くのに、LTOできない場合は、llvm*-gold というパッケージが足りないのかも知れません。
で、計測してみました。プロファイリングありの実行は結構重いので、プロファイリング用の処理だけは本処理の800万件程度ではなく、200万件程度に減らしてます。
結構綺麗な結果が得られました。(5.7の一部がビルドできませんでしたが主旨に影響ないのでそのまま)
あくまで、今の所このINSERT INTO SELECT文に特化した最適化だけですが、現状と比較すれば5.6とも遜色ない結果が得られることがわかりました。(まだ数%遅いですが)
なので、数年前のエントリ「やはりC++はCよりも遅い?」の影響は非常に大きく、しかも、実行ファイルのその性能劣化はC++の標準規格が新しいほど劣化が大きいと疑われます。
標準規格の変遷もグラフに記述しました。各標準規格に変更後、GCCの普通のビルドの性能が5、6バージョンかけて遅くなって安定する様子がなんとなく見て取れると思います。
要するに8.0.xの開発では、ソースコードの反最適化が随時行われていたわけです。リポジトリのヒストリから解ると思いますが、バグフィクス時にも積極的に新しい方のC++規格にご丁寧に書き換えたがる人も多いようで、それも、5.7との差が広がっていくのを後押ししているのではないでしょうか。逆に5.7の性能が維持されていたのはやはり、C++標準規格を変えずに新機能追加も少なかったからではないでしょうか。
参考に8.0.37のコミュニティー版バイナリの計測も緑丸で示しています。コミュニティー版はGCCでの普通のビルドであると思われます。(少し遅いのは-DDISABLE_PSI_MEMORY=ONの差でしょう。)
性能劣化の説明としては、
8.0.xではソースコードの反最適化を進めているにも関わらず、提供されるバイナリの最適化レベルは据え置きなのでどんどん遅くなってきた。
と言えると思います。
まだ数%遅いぶんは別の原因(多分ソースコードの変更ロジック自体による)と予想しますが、今回の要素よりもかなり小さいのでこの最適化問題が解決してから踏み込むことにします。
…それにしても、もっと早く綺麗に証明できていれば…。悔やまれます。
私がMySQLをチューニング・ベンチマークし始めてからもうすぐ20年経とうとしています。すべてのユーザーが高い性能のMySQLを使えるように色々足掻いてきて、本家の開発者までやらせてもらっています。以前はソースコードを改善する本家の開発者になることがベストの手段だと考えていましたが、直した性能を維持するフェーズに入ってきてソースコードの問題だけではなくなって、MySQLの性能のためのベストの役割は最早違う立場にあるのかも知れません。
すべてのユーザーが性能最適なバイナリを使えるように何ができるか今の立場から模索をスタートしていきます。
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